研究者が肩書のつかないただのオタクになること

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最初の緊急事態宣言があけた後、久しぶりに大学にでて、資料のコピーをしていた時のことだ。

 

 お互い顔は見知ってはいるけれど話したことのない他学部の教授が、にこにこしながら「君は何か、研究分野以外で心の熱くなるものはありますか?」と尋ねてきた。

あるにはあるのだが、未だにまともな論文がしっかりかけていない私は、遊んでいるのではと思われるのが嫌で、はっきりと「あります」と返事をすることに躊躇し、ごにょごにょと口ごもっていた。

 

 すると教授が続けて、「研究者がはまりだすとな、もうね、これまで研究で培ったリサーチ能力やら分析力を総動員するやん。極めつけは、論文まで書く勢いやから、困ったもんやわ。」「学会という名の押しを称える会をやりたいわ。」(関西弁イントネーション)と語りだした。

 

60を過ぎたおっちゃん先生から「押し」というワードが出たことにびっくりだったが、

 

 そうなのだ、我々研究をライフワークとする者たちは、基本的に「オタク気質」なのだ。たまたま、興味の対象が大学の既存の「学問分野」とされるものだったというだけで、大学や研究機関で職ないし発表の場を得られれば「学者」なり「研究者」と肩書がつくが、本質はオタクであることには変わりないのである。

 

緊急事態宣言中、人と話すことが少なくて誰かに声をかけてみたかっただけなのか。

それとも、誰かに思わず語りたくなるくらいはまり込んでしまったものがあるのか、他学部の院生に話しかけてしまうくらいだから、よほどのことだろう。

教授のはまっっているものは何なのか聞いてみたい衝動に駆られたが、抑えた。

 

少なくとも「学者」とよばれるオタクについては、その性質をよく理解しているつもりである。

 

うかつに興味を示すと、数時間は話を聞き続けることになる。

アリジゴクに自ら入り込む虫と同じである。

 

そして万が一にも自分の趣味嗜好に合致するものであった場合、これはまずい。

沼入りである。教授とふたりして「これは共同研究である」などと言って研究室でオタク活動にいそしみかねない。

 

私は、自分の研究と仕事、家事、睡眠時間を確保するので必死なのである。

 

うかつに、興味を示してはならない。

 

 

 私は、まだまだ「研究」というにはおこがましいレベルでしか学問を理解できていないので、不器用なりに「時間をかけること」でどうにか他の院生や研究者に追いつこうとしている。

故に、専攻分野以外では、「推しが第1優先」であるオタクにはなってはいけないと思っていた。

 

 研究者が研究を「業」として続けていくには、成果を出し続けなければならない。研究成果を出せない、論文が書けなければ、大学組織の中では「研究者」「学者」として残ることはできず、肩書のつかないただのただのオタクになるのだ。

 

 教授はさらに続けてこう仰った。

「大学での研究とは別に何か情熱を傾けられるものをいくつか持っておくとええで。研究に全人生をかけるのも悪くはない。せやけど、研究がうまくいかんかったとき、スランプに陥ったときにな、人生の全てがうまく回らなくなんねん。リスクヘッジやと思って趣味も一生懸命愉しもな~。」「僕は毎日楽しいで~。原稿の締め切り迫ってるけどな!!」

 

 

 あれから1年たって最近知ったことだが、教授の指導院生が、鬱になって休学することになったらしい。図書館の度々紙の詰まるコピー機を前に、一緒に悪戦苦闘したりして、時たま話す程度ではあったが、いつも研究室に朝から晩までいるような熱心な子であるのは知っていた。本当だったらその子は去年の春から海外に調査研究に行っているはずだった。

 

 

 数年前の春休みに、私自身も指導を受けたことのある先生が急死された。その3週間前まで普通に授業をされていたから、突然のことに驚いた。

 家族葬が終わってから大学に知らせが入って、お別れの会が開かれたが、ご病気だったとか死因について一切話がでてこなかった。学会の準備で色んな先生方と話していたら、どうやら事故やご病気で亡くなられたわけではなさそうだとなんとなく理解した。

 

 所属していた大学院を修了して、純粋な学生という立場でなくなってから、「研究者」であると同時に教える立場にある「教育者」であることの苦悩のようなものを、指導教授が語ってくれるようになった。

 

 人生は、一つのことだけで成り立っているわけではないし、いろんなことを同時進行しなければならない。研究者にとって研究はオタク活動・自己実現であると同時に、生計を立てる術でもある。

 だから、単なる趣味のように投げ出すことはできない。それは、自分の生きがい・夢と己の(家族の)生活を投げ出すことに他ならないからだ。

 

 長く研究を続けるには、まず、自分自身を長く存続させることがまず第一条件だ。

 

 だから、私は自分自身を支えてくれる支柱を増やそうと思った。

 一人前になるまでは、と封印していたあらゆる趣味を解禁した。

短い期間だったけれど留学までさせてもらったのに、プロになれるわけじゃない、勉強と全く関係がないからと言って、踊らなくなってしまったバレエ。レッスンを再開して、発表会にも出ることにした。

小説や、画集、漫画なども買って読むようになったし、ドラマも見るようになった。

供給量が多すぎて、沼入りすると危険な某KPOPアイドルにも手を出した。

 

好きなものが私の「時間」というパイを奪いあっているわけだけれど、

とにかく毎日楽しい。

時間を最大限有効活用することに必死になったので、メリハリがついて時間の使い方が少し上手になったような気もする。

 

 少し前に、進学先の大学野球でうまくいかず中退し、強盗で逮捕された元甲子園球児のニュースに、「他の道を断って一つの道を進むことはかっこよく見えるけれど、それは本当に苦しいことだから、周りの大人は、教育者は、行き詰ったときに、他の道もあることを示してあげること、今の道を別の道につなげることもできるということを教えてあげることが必要なんだよ」というような感じのコメントをどこかで見た。

 

 

何か頑張っている人を見ると、応援したくなるのが人情である。

それが人を時に追い詰めてしまうこともある。

道を示したり導くなんて、簡単なことではない。

 

けれど、自分はこうやって毎日過ごしている、ということを世間話でもするようにさらっと話してくれることで、気づかされることもある。

 

何にはまっているのかわからないけれど、あの教授は「研究者が肩書のつかないただのオタクになること」を私に語ることで、「自己実現と生活」というプレッシャーを和らげようとしてくれたのかもしれない。

 

単に、推しの話をしたかっただけかもしれないけれど。

 

 

久しぶりに、「成果」や「結果」を考えずに、純粋に自分の好きなものに没頭する時間を意識的にもったことで、ものすごく毎日が楽しいと感じた。

それと同時に、やっぱり私は今の研究が好きなのだと改めて思った。

ただただ、興味が止まらなくて猛進していったオタク活動が、仕事になって、成果を求められるようになって、少しつらくなってしまっただけで、研究対象への興味と情熱は失ってはいないのだ。

 

研究者が肩書のつかないただのオタクになる時間は、

ただの「オタク活動」ではなくなってしまった研究を、好きでいるためにも、必要だと思った。

 

なんやかんやYouTubeを開けば、まともな論文もかけない私が研究以外のことに時間を使うなんて…!!と、背徳感があるけれど、いいんだ。

「成果を出すこと」が先になって、楽しいという感覚を忘れかけていた。

何かを楽しんでいる感覚が、「わからないことを延々と考え続ける」傍から見れば苦行にも似た行為、研究という活動が、私にとっては本来楽しいものなんだと思い出させてくれる。

 

 

 

 

未だにあの教授の押しが何なのかは、知らない。

知らない方がいいかもしれない。

でも今の私なら、お伺いしますよ。

「ところで、先生の”押し”は何ですか…???」